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大浦神社競馬神事

関係かんけいする市町しまち浅口市あさくちし

おおうらじんじゃけいばしんじ

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関係かんけいのある情報じょうほう

この行事ぎょうじについて

 「大浦神社競馬神事おおうらじんじゃけいばしんじ」は、浅口市寄島町あさくちしよりしまちょう大浦神社おおうらじんじゃつたわる神事しんじで、浅口市無形民俗文化財あさくちしむけいみんぞくぶんかざい指定していされています。これは、大浦神社秋季例大祭おおうらじんじゃしゅんきれいたいさいで、永禄えいろくねん(1559ねん)に旧浅口郡域きゅうあさくちぐんいき統治とうちしていた武将ぶしょう細川通董ほそかわみちただが、伊予国いよこくげん愛媛県えひめけん)の川之江城かわのえじょうから青佐山城おおさやまじょううつったおり、沖合おちあい三郎島さぶろうじま鎮座ちんざする八幡宮やはたぐう現在地げんざいち遷座せんざしたさいに、地頭株じとうかぶ領家株りょうけかぶからそれぞれ20とう神馬しんばされ、遷宮せんぐう行列ぎょうれつ参列さんれつさせたことにはじまります。
 当時とうじ戦乱せんらんであったため、まつり多数たすううま参列さんれつさせることが困難こんなんとなり、旧暦きゅうれきがつ朔日さくじつ両株りょうかぶからあつまったうま競争きょうそうさせ、各株かくかぶから1とうづつの駿馬しゅんめえら競馬神事けいばしんじとしました。競馬神事けいばしんじ奉仕ほうしした競馬株けいばかぶは、地頭株じもとかぶ領家株りょうけかぶからなります。
 寛永かんえいねん(1754ねん)にそれぞれ11かぶ現在げんざいかたちになります。競馬神事けいばしんじ騎手きしゅはかま片腕かたうでぎ、たすき手綱たづな地頭株じとうかぶあかべに)と領家株りょうけかぶしろです。鉢巻はちまきをめ、本社ほんしゃ右回みぎまわりに3かいまわりながら、2ヵ所かしょまと目掛めがけてはし馬上ばじょうから3回射かいい流鏑馬やぶさめかたちをとります。大浦神社秋季例大祭おおうらじんじゃしゅうきれいたいさい最大さいだいであります。

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