古川 古松軒
活躍した年:1726~1807年
関係する市町:総社市
何をしていた人?:地理学者
関係のある情報
岡山県立博物館蔵 写真提供
高松城水攻地理の図には、天正10(1582)年、羽柴(豊臣)秀吉が高松城に水攻めをおこなったときの様子が描かれています。 古川古松軒は、享保11(1726)年、今の総社市新本に生まれました。 古松軒は江戸時代後期の旅行家、地理学者として有名であり、天明3(1783)年3月末から9月にかけて、山陽、九州を巡り、『西遊雑記』を書きました。また、巡検使(幕府から派遣された視察団)について東北・北海道に行ったときには『東遊雑記』を書きました。 ずば抜けた測量技術を持ち、「百聞は一見にしかず」という学問の姿勢で、自分の目で見て事実と経験を重視する実証的な地理学者でした。また、多くの地図や地誌を書き残し、資料として当時の情景を伝えています。 単なる地理学者ではなく、写生画・和歌・歴史など高い教養の持ち主で、江戸幕府の老中・松平定信からも一目置かれた人物でした。江戸から戻ったあとは引退して、岡田村(今の倉敷市真備町岡田)に住み、そばにあった松に因み、古松軒と称しました。
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